ロボットにクラウド上の脳(AI)を与えるGoogleのクラウド・ロボティクスとロボットOSの覇権

グーグルのクラウド・ロボティクス

グーグル・ロボティクスの挑戦が目に見えて拡大したのは2013年頃からのこと。

軍事技術の最先端研究で著名だったBoston Dynamicsを買収し、立て続けに新興ロボット企業を複数買収した。

また、グーグル(Alphabet)直下にロボット開発部門を新設し、ロボット工学の重鎮やAI研究の権威を次々と囲い込んだ。

まずはグーグルが買収したロボット企業の一覧を見てイメージをつかんでいただきたい。

ボストン・ダイナミクス(Boston Dynamics)

DARPA LS3 Robot Field Test

同社が開発した四足歩行ロボット「BigDog」は環太平洋合同演習に従軍し実地テストに乗り出していた。重い荷物を搭載しながら遠い場所からも無線コントロールで移動することができる。

ボストン・ダイナミクス社はマサチューセッツ工科大学 (MIT) のロボット・人工知能の研究を行っていたMarc Raibert教授によって同大学からスピンアウトしてできた会社だ。

なぜ米軍に従軍しているのかというと、グーグルに買収される以前、同社は米国防高等研究計画局(DARPA)の支援でロボットを開発していたため、グーグル買収後も軍関係の受託契約はまだ残っているためだ。

グーグルはこの買収が軍需企業になる意図があったわけではないとし、ボストン・ダイナミクスのマーク・レイバートCEOもロボット技術を前に進めること自体が目標としています。

Introducing Spot Classic (previously Spot)

BigDogをさらに小型軽量化した犬型ロボット(グーグルドッグ シリーズ)最新作Spotはすでに米海兵隊基地でも稼働テスト済だ。

DARPAとの産学官連携

米国で年間30億ドルほどの予算を持つアメリカ国防総省の国防高等研究計画局(DARPA)は軍事技術の最先端を走っており、米国では産官学が一体となって開発を進めている。

その中の取り組みの1つとして、DARPAとボストン・ダイナミクス社の共同で人型ロボットATLAS(アトラス)が設計・製造されている。

ATLAS Gets an Upgrade

DARPA主催の災害対応ロボットコンテスト「DARPAロボティクス・チャレンジ」で防衛大手ロッキード・マーチンなど一部のチームは大会用の共通プラットフォームとして提供されているATLASを使っている。

DARPAのロボコンといえば以下紹介するSCHAFTはロボット競技会で好成績を上げた日本企業に注目したい。

SCHAFT(シャフト)

人型ロボットで名高い東京大学情報理工学系研究科・情報システム工学研究室(JSK)から2011年にスピンアウトした企業。

SCHAFT : DARPA Robotics Challenge 8 Tasks + Special Walking

災害現場ロボットコンテスト「DARPA’s Robotics Challenge」で1位をとったほど足場が悪いところなどでも働けることを証明したヒューマノイド・ロボットを開発。

日本では資金がなかなか集まらず苦戦していた中、Googleが買収。

SCHAFTのロボット「S-One」は産業技術総合研究所・川田工業が製作したHRP-2 PROMETをベースとした2足歩行ロボットで、ロボットの脚を改良し安定した移動力を発揮、また、極めて高い動力が評価されている。

買収したロボット企業4社とウィローガレージの関係

以下、紹介するMeka Robotics、Redwood Robotics、Industrial Perceptionは、インキュベーターでもあるウィローガレージ(Willow Garage)の傘下ベンチャー、合弁、出身技術者による企業(Holomni)といった関係だ。

その大元であるウィローガレージは、スタンフォード大学のロボット研究者が2006年にスピンオフし、世界にインパクトを与えるロボットの研究を加速することを目的としてロボティクス界のLinuxを目指して創業された、米カリフォルニアに本社を置くベンチャーだ。

ウィローガレージのビジョンはオープンソースのパーソナルロボットで世界を変えるというもので、ロボットのミドルウェアのROS(Robot Operating System/後述)の開発と、その普及のためにROSを搭載した拡張可能な研究用ヒト型ロボットPR2を制作し研究機関に無償提供していた。

パーソナルロボットとは、人間サイズで人間の仕事を代わりに行うことのできるヒューマノイドロボットのことを指す。
 
SCHAFTやMEKAやボストン・ダイナミクス(ATLAS)の技術を発展させることで、家庭での介護ケアロボットとしての未来を拓けるかもしれない。
 
Pepperなど独自OSを持つソフトバンク・ロボティクスなども着々と買収による足場固めをしている。アルデバラン・ロボティクスもソフトバンク傘下だ。

同社はGoogleの初期メンバーでGoogleの検索エンジンを開発した主要技術者の一人でもあったスコット・ハッサン(Scott Hassan)によって2006年に設立された。

ちなみに大人の都合で、Willow GarageはROS部分をOSRF(Open Source Robotics Foundation)に移管し、同社社員がスコット・ハッサンがCEOを務めるテレプレゼンスロボット「Beam」を販売するSuitable Technologies社に大部分が移動したりと再編が進んでいる。

さて、その4社の詳細ピックアップにうつろう。

メカ・ロボティクス(Meka Robotics)

サンフランシスコで人間用の道具を扱うことができるヒト型ロボット(ヒューマノイドヘッド、モバイルマニピュレーター)や商用ロボットアームを製造している。

Meka Robotics

メカ・ロボティクスはMIT Computer Science and AI Lab出身のアーロン・エドシンガーとジェフ・ウェーバーの2人のエンジニアが2006年に設立した会社だ。

ロボットアームを備えながら自走できるモバイルマニピュレーター(倉庫用ロボット)としてはSoftbankがフェッチ・ロボティクス(Fetch Robotics)に24億ドルほどの出資を行っている。

レッドウッド・ロボティクス(Redwood Robotics)

レッドウッド・ロボティクスは、メカ・ロボティクスとSRI International、ウィロー・ガレージと共に設立された合弁ベンチャーでCTOにMEKA社の共同創業者アーロン・エドシンガー氏が就いた。

MEKA社やウィローガレージの技術をベースに、さらに洗練された産業用ロボットアームを開発。コンセプトは。安価かつ、プログラムが簡単で、人と一緒の現場でも安全な次世代のロボットアームの開発だ。

インダストリアル・パーセプションズ(Industrial Perception)

インダストリアル・パーセプションズ(IPI)はウィローガレージの知覚部門の研究者2人が設立した企業。


3Dビジョンのコンピュータ画像認識システムで、ばらばらに置かれた大きさや形状の異なる荷物などを認識し、指定の物体を拾いあげ仕分けや積み卸し動作を行えるロボットアームの開発で産業オートメーションに焦点をあてている。

Holomni

産業用アクチュエータ、ロボット用の全方向車輪(無指向性車輪)を開発し、MEKA社のロボットにも採用されていた。

ボット&ドリー(Bot & Dolly)

モーションコントロール・ロボットカメラ、移動ロボットカメラで壮大な特殊効果を表現できるクリエイティブ企業で、映画ゼロ・グラビティの撮影にも協力しているように、姉妹会社のAutofussとあわせ映像業界で評価が高い。

Box

この仕組みは精密に動くロボット・アーム「IRISとSCOUT」を使ってカメラや照明を動かし、同期ソフトウェアBDMoveを用いたプロジェクションマッピング「BOX」だ。

Autofuss

Bot & Dollyのアームなど6軸ロボットアームを使ったクリエイティブ映像処理でNikeやAppleのCMを製作する学際的な映像製作会社だ。

Audi A3 Sportback

ロボット企業ではないAutofussが買収されたのはBot & Dollyの姉妹会社であり、関連技術でもあるからだろう。

ネスト(Nest)

Nestは住宅の冷暖房を自動でコントロールする最大シェアの人工知能搭載の温度調節装置であるスマートサーモスタット(家全体の温度調節管理装置)やスマート火災報知器などを主力製品としたスマートホーム関連の会社だ。

Meet Nest Learning Thermostat

部屋ごとに温度管理をする日本と違い米国では家全体の温度調節をするサーモスタットはかなりの家庭で導入されている。

Nestもロボット企業というわけではなく(ホームケアロボットではある)、同社のロボット研究員獲得も狙いではあっただろうが、なにより一番の買収の狙いはビジョナリーなトニー・ファデル同社CEOだろう。

ネストのトニー・ファデルCEOはネスト起業以前はAppleのiPod部門担当上級副社長として初代iPodの開発を率いて、初期のiPhoneデザインにも関与していたほどのスティーブ・ジョブズに近しい人物だ。

グーグルがアルファベット組織再編以前からNestに特別の独立性の維持を許していたのもペイジCEOからのファデル氏への信認が表れている。

NestはグーグルのIoT戦略(Android OSのIoT版など)にとってリーダーシップをとれる人材がいるばかりでなく、今後パーソナルロボット(ホームケアロボット)を普及させるための足がかりとしてもスマートホームでのハブをおさえることは重要だからだ。

すでにNestはスマートサーモスタットやプロテクトアラーム(スマート火災報知器)を軸に「Nest Deverloper Program」というサードパーティも巻き込むプラットホームを作ることでスマートホームのハブ、さらにはIoTのハブとして期待されている。

また、Nestはプロダクトデザイン・UIも評価されていて、グーグルは初代グーグル・グラスなどでの失敗から消費者向けデザインのプロフェッショナル人材は必要だっただろう。

ロボット部門はこれからどうなるのか

ロボット部門創設者を失ったグーグル

これらグーグルのロボット企業の一連の買収を指揮したのは「Androidの父」ことスマートフォンOSのAndroid OSを開発したアンディ・ルービン (Andy Rubin) だ。

彼が創業したAndroid社は2005年にグーグルに買収され、ルービン氏は技術部門担当副社長としてAndroid部門を統括したのち、Googleの創業者ペイジ氏を説得してグーグル・ロボティクス・プロジェクトを立ち上げることになった。

しかし、ロボット部門立ち上げのわずか1年後の2014年10月にルービン氏はグーグルを去ることになり、ロボット部門は強力なリーダーを失い、方向性の不在で混乱しているのではないか?という不安が市場関係者に走った。

実際、立て続けに買収を続けていたロボット部門は、新しい買収の動きもなく、何かそれぞれ買収された企業の強みを統合したプロダクトリリースもない。

ルービン氏は退社の際に「ロボット部門の戦略はすでに定まっている(から案ずることはない)」としているが、ルービン氏のリーダーシップやビジョンに惹かれてグーグルの傘下に入ることを決めた企業もあっただろう。

心機一転、新しくロボット部門を率いることになったジェームズ・カフナー氏はクラウド・ロボティクス(ロボットがクラウドでつながる)という概念の最初の考案者で2009年から「自律走行車研究」経由でグーグルに参画している。

彼はSCHAFT創設者らと同じ東京大学JSK(ロボティクスの名門研究室)にも在籍していた。

一部メディアに迷走が心配されているロボット部門だが、頂点であるペイジCEOというビジョナリーがアルファベット再編で自由度を得ていることを忘れてはならないだろう。

もちろんペイジCEOは「無関係な部門のほうが管理しやすい」と以前言及していたことから、ロボット部門内での調整や戦略のすり合わせはカフナー氏に期待したいところだろう。

また、Googleはビジョナリー人材や天才の宝庫だ。米国防総省の国防高等研究計画庁(DARPA)の局長を務め、現在はATAP部門で独自の研究開発部門を率いているレジーナ・デューガン(Regina E. Dugan)もいる。

そして、それぞれのロボット企業は着実に成果をあげている。

たとえばグーグルは、ロボットには難易度が高いと言われていた、物体を一瞬で分類して適切なつかみ方を判断するシステムをワシントン大学と共同で開発している。

また後述するAI分野におけるグーグルのディープラーニング(深層学習)の活用進展により、ロボットの認識・判断・移動に関する成果が上がってきている。

ロボット市場の将来的な拡大

グーグルとしては、産業ロボットだけでなくロボット市場全体の産業規模拡大を見据えているのだろう。

物流・警備(すでにグーグルの駐車場には監視ロボットK5が配備されている)・介護や福祉など様々な拡張余地がある。

もちろん産業ロボットでは競合もひしめいている。

産業ロボット世界4強といえば日本を代表する安川電機やファナック、ドイツのクーカ(KUKA)、スイスのABBだ。

しかし、ガラケーがAndroidなどのスマートフォンに勢力図が塗り替わったように、付加価値をハードウェア中心に焦点をあて続けた結果、ソフトウェア基盤での戦略が疎かになっていると気づくと主導権が移り変わっている可能性もある。

それはロボットOSなどの主導権争い次第だ。

ロボットOSの覇権

グーグルはAndroidという統合されたソフトウェア基盤の成功と同じく、ロボット用のOSの覇権を狙っていると見られている。スマートフォンのOS、PCのOS、IoTのOS…とくればロボットOS、自動車OSと水平展開となるのは自然な流れだろう。

もしロボットOSの覇権をとることができれば、ロボットの駆動の基本ソフトであるOS(オペレーティング・システム)を通じてAIと制御などの機能とハードを連動させることで、あらゆるタイプのロボットにつながることができる。

つまり、ロボットOSを通じてAndroidのように多数の会社がロボット向けアプリを開発し、グーグル圏のエコシステム(参画企業が儲かるよう橋渡しをすることで儲けるプラットホームなど)を構築し、ロボット市場でプラットフォームリーダーとして優位な立場に立つことができるのだ。

結局いつも国際標準(規格選定)やOSなど重要なところはアメリカにもっていかれてしまうという話が日本企業でよく聞かれる方もいるだろう。
 
実際にOSを外部に依存することは、方向性において主導権をにぎることができず下請けのように部品や製品を提供するプレイヤー止まりになりかねない。

ROS(Robot Operation System)

ロボットのソフトウェアが共通化されていないと、ロボットが変わる度に新たに作り直したり再実装しなければならなかった。

そこでロボット界のLinux(オープンソースOS)を目指して設立されたのが米国のROSである。

米国で生まれたROS(Robot Operation System)は、ロボットの非営利のオープンソース組織であるオープンソース・ロボティクス財団=OSRF(Open Source Robotics Foundation)によって運営され、ミドルウエア(通信ライブラリ)やロボットに必要な移動・操作・認識のライブラリが充実している。

日本でもオープンソースロボティクスの要素技術については多くのモジュールが開発されてはいたが、ROSほど開発者コミュニティーが充実したグローバルな枠組みではない。

そしてROSは元々は度々本特集で取り上げるWillow Garageによる運営だったものだ。

2013年2月にWillow GarageはROSを切り離しOSRFに引き継いだ。

一部ではこのビジネスモデルの転換は価値の低くなったROSを投げ出して、稼げるSuitable Technologies社に移ったという分析もあるが、ROSはすでに米国中枢も深く関わるプロジェクトであり、違うように思われる。

おそらくWillow Garage社の方針のままだとDARPAなどの支援が受けられないため、動きやすくするために切り離したのだと考えられる。

というのも、ROSの管理がOSRF移行したと同時にアメリカの国家的ロボット政策であるNational Robotics Initiative(NRI)からの支援があったことや、DARPA主催のロボティクスチャレンジとの兼ね合いから、むしろROSはビジネス展開へと次の段階へステップアップした。

すでにROSは複数の対応実績を積み重ねている。
 
川田工業(カワダロボティクス)が販売している電子機器の組み立てから多岐な用途にわたる双腕の協働型ロボットNEXTAGE OPENもオープンソースのROSにも対応している。ちなみにそのNEXTAGE OPENはエアバス社のライン自動化研究のプラットフォームで使用されている。
 
また、ソフトバンクロボティクスのPepperも技術者からの要望が多数あったことからROSに正式対応している。

このようなROSのプロジェクトの存在感が増してきたことで、グーグルはROSとどのような距離間でつきあっていくのかが注目点となる。

ROSを採用するのかどうかは定かではないが、GoogleはすでにAIの機械学習のオープンソース化を行っており、ROSと競合する基本ソフトを開発しオープンソース化で主導権をにぎる可能性も少なくない。

あるいはROSを軸としてAndroidとの連携を強化させていくシナリオもあるだろう。実際一部ではグーグルはROSを採用している(ただし買収したロボット企業の多くが独立性を維持していることも関係しているかもしれない)。

ロボットにクラウド上の脳を与えるクラウド・ロボティクス

グーグルが提唱したクラウド・ロボティクスという概念はロボットの処理を通信を使ってクラウド上で行うというものだ。

さらに踏み込むと、ロボットの脳(Google brain)部分をクラウドに置き、ロボットのカメラやセンサーなどを通じて得たデータをクラウド上の脳が判断し、アクションにつなげるということができる有力プレイヤーがグーグルだ。

個々のロボットに搭載されたAIが単体で完結するのではなく、クラウドによって全てのロボットがつながることでより適切な判断ができたり、全体が連携したシステム的な動作が可能になる。

これはロボットに限ったことではなく、Googleが開発する自動運転車も複数の自動運転車がクラウド脳でつながることでより精度の高い判断が下せるようになったりする。

スマートフォンであれ、IoTであれ、ロボットであれ、自動運転車であっても、取得したデータをGoogle brainのようなクラウド脳で高度AIが判断し、アクションにつなげるという点ではGoogleは一貫している。

そういった意味ではグーグルにとってクラウド脳こそが付加価値戦略の重点の1つとなっていくのかもしれない。

つまり、自動運転車なら車体、ロボットなら実機などのハード部分はサードパーティである他社に開放し、クラウド脳の部分を支配する。あるいはロボットなどOS部分を支配し、専用のロボット用アプリなどをサードパーティに作らせエコシステムを形成するということだ。

クラウド脳という観点からすれば、グーグルの自動運転車は運転に特化した高度認識ロボットなのかもしれない。

グーグル・ロジスティクスへの展開

ロボット化の有望な市場としては物流があげられる。

すでに競合のAmazonはKiva systemsを買収し数万台以上の倉庫内ロボットを導入し、ロジスティクスを効率化している。

グーグルもGoogle Expressという、小売店のネットスーパー部分(注文と配送)を請け負うショッピングサービスを展開している。

もちろんこれはグーグルにとって最大のライバルであるAmazonに対抗するための動きだ。

Amazonは多くの実店舗チェーンにとって最大の脅威であり、それに対抗するためにGoogle Expressにコストコ、ターゲット、ウォルグリーンズ、ホールフーズなど多くの小売チェーンが参加している。

Google Expressでは客は地元のスーパーなどの商品をオンライン注文でき、即日あるいは翌日に届けてくれるサービスで、倉庫ピックアップを移動アームロボットによって自動化したり、自動運転車などの移動ロボットで客先まで配送するシステムをワンストップで提供することができれば、実店舗にとってはAmazonにコスト面で対等に渡り合えるようになるかもしれない。

ロボットアームと産業ロボットへの布石

以前ロボット部門を率いていたルービン氏は主に製造工場の現場において労働者の手作業を代替するロボットの開発(製造工程の自動化)に意欲を示していた。

グーグルが買収したロボットアームや認識技術とロボットのモビリティ、そしてクラウド脳・AIを考えれば有力な組み立てロボットのプレイヤーとなることは想像に難くない。

グーグルは、世界最大の電子機器受託生産(EMS)企業である台湾の製造請負業者として有名なフォックスコン(Foxconn)と共同で電子機器の組み立てロボットの開発の提携をしている。

主な生産拠点が中国のフォックスコンは人件費やその他コスト圧迫によるヘッジが必要で、ロボットによる効率化の両社の思惑が一致した。

フォックスコンはiPhoneの製造の請け負いで有名だが、ソフトバンクのPepperの製造もしている(ソフトバンクロボティクスにもフォックスコンは出資している)。またAndroid対抗OSにも出資しており、特定の会社への依存脱却がフォックスコンのテーマなのだろう。

医療ロボットにも進出

現在、医療ロボットで大きなシェアを占めるのは米インテュイティブ・サージカル社のダ・ヴィンチ(da Vinci Surgical System)だが、高額で導入負担が重い。

そんな外科手術ロボット分野にグーグルもジョンソン・エンド・ジョンソン傘下の医療機器会社エチコン(Ethicon)と提携し共同開発に乗り出すこととなった。

グーグルはリアルタイム画像処理・データ解析機能を提供する。

AI分野でのグーグルの大胆な展開

AI分野においてグーグルはロボット部門の設立よりさかのぼる2012年には、人工知能など多分野における世界的権威であるレイ・カーツワイル(Ray Kurzweil)を招き入れグーグルで自然言語理解の開発などに関与している他、ニューラルネットワーク研究の第一人者であるジェフリー・ヒントン(Geoffrey Hinton)もヒントン教授が立ち上げたDNNresearchの買収によりグーグル陣営となった。

また古くからグーグルで研究本部長などを歴任しているピーター・ノーヴィグ(Peter Norvig)氏も人工知能と自然言語処理の著名人物で、グーグル黎明期にグーグルの検索スピードを飛躍的に向上させたアルゴリズムを支えたグーグル上級フェローであるコンピュータ科学者ジェフ・ディーン氏が指揮するグーグルの人工頭脳「Google Brain」開発プログラムにはレイ・カーツワイルらも関与している。

そして2014年にはディープ・ラーニング(深層学習)と言われる分野のプロフェッショナル集団DeepMind Technologieを買収し、AI分野の天才たちを次々とかきあつめた。

製品やサービスのない買収だったため、acqui-hire、つまり人材獲得が主な目的ではあるものの、DeepMindは機械学習において多数の特許を有している。

ディープラーニング(深層学習)とは

ソフトウェアで人間の脳の構造を再現するような仕組みで、人間が全く関与せず、機械が自律的に学習できる能力が与えられたもののことだ。

具体的には、脳の活動を模したニューラルネットワーク(神経回路網)の学習プロセスをシミュレーションする人工ニューラルネットワークを構築して現在進行形で学習しているということだ。

たとえばルールを教えなくても簡単なゲームを攻略したり、写真を見てそれが何か・どういった状況かを判断することができるように”成長”してきている。

グーグルにはナレッジグラフ(検索結果でグーグルがサイトのリンクの羅列以外に提示してくる情報のまとめのようなもの)などの技術はすでにあり、こういった構文分析技術も自然言語理解には重要で、ビッグデータやコンピューティングリソースにおいてもグーグルはディープラーニング研究にとって有利なリソースを有している。

グーグルの先端研究の取り組みは点と点だったものがいつのまにか線となり、面となっていることに驚かされる。   グー...

このディープラーニングによるAIの進化はすでにグーグルの検索結果で複雑な質問に対する回答を用意する際に実際に活用されている。

グーグルにとって検索サービスは主要収益源であり、ディープラーニング研究もまずは検索の進化や自然言語理解のために役立てられているが、その延長線上にはIoTやロボットや自動運転車などにも活用できるため、いかにこの取組みが重要かは理解していただけるだろう。

AIへの懸念

AIは核よりも危険な技術となる可能性があるとテスラのイーロン・マスクCEOが警鐘を鳴らしている中で、グーグルはDeepMindを買収した直後にAI技術が悪用されないようにコントロールするための倫理委員会を設立している。

機械学習ライブラリのオープンソース化

AIはグーグルの専売特許ではない。AI分野へはIBMやマイクロソフトやFacebookやトヨタまで多数の企業が研究に取り組んでいる。

そんななかグーグルは扱いやすさと汎用性・拡張性のある機械学習ライブラリ(TensorFlow)のオープンソース化(自由に使っていいということ)を発表。

TensorFlow: Open source machine learning

Googleで実際に音声検索や翻訳や画像認識で使われている高い品質のソフトウェアを商用可能というApache 2.0ライセンスで公開される点はGoogleのAndroidでの取り組みと同じ手法。

Googleはオープンソース化によって機械学習の標準ツールを提供することでAI分野での主導権を確保することができるだろう。

機械学習にとって重要なのはデータなので、すでにビッグデータを有する企業(日本ではリクルートや食べログやクックパッドなど)にはビジネスチャンスとなるかもしれない。

今後

AI分野での強力な足がかりはできた。

製造組み立てライン・物流・医療・自動運転と舞台も整ってきている。

あとはロボットOSへのロードマップだ。

アンディ・ルービン退社の後のロードマップが不在なのかそれとも徹底した秘密主義に守られているだけなのかが注目点だ。

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みんなの投資分析とコメント

  1. 匿名投資家 より:

    先日グーグルのロボット部門がGoogle Xに再編され別のトップも外部から雇い入れたようです。

    結局アンディ・ルービン氏が好き勝手買収した結果すぐに辞められてしまってトップ不在で特にビジョンがないまま迷走していたというのが正直なところなんじゃないでしょうか。

    • 匿名投資家 より:

      やはりアンディ・ルービンがやめちゃった後はロボット部門は迷走みたいですね。

      昨日、傘下のボストン・ダイナミクスの売却を模索していると報道されています。

      理由はボストン・ダイナミクス幹部が他のロボット部門との協業よりも独自路線にこだわり、その上グーグルとしての収益化も当面見込めないため。

      またATLASの「人から職を奪う」というイメージもグーグルは気にしている模様。素直に軍需企業に売却するのがベストでしょうね。近況の段階では米軍から採用はされなかったようですが。