エクスプレス・スクリプツ・ホールディングス(Express Scripts Holding Company)は米国最大シェアのPBM(薬剤給付管理会社)であり米国でおよそ1億人の契約をカバーしている。
PBMのビジネスモデルは、企業や保険会社が企業の従業員の処方薬の保険請求の処理を行い、その巨大な処方箋取り扱いボリュームをカードに製薬会社に価格交渉にあたり、企業や保険会社に代わって大幅な値引きを獲得するという仲介・中間業者ビジネスだ。
米国医療保険大手シグナ(NYSE:CI)がエクスプレス・スクリプツを540億ドル(負債を含めるとおよそ670億ドル)で買収すると報道された。
PBMで競合のユナイテッドヘルスは医療保険会社+PBMであり、もう1社の競合のCVSヘルスは薬局がPBMを買収して垂直統合したところさらに医療保険大手エトナを買収して薬局+PBM+医療保険という状態となっていた。
そういった医療保険企業周辺の動きに呼応して(Amazonアライアンスの医療費削減ソリューションの報道もあったかもしれない)、PBMとして独立的立場だったエクスプレス・スクリプツを医療保険会社のシグナが買収しこれで三つ巴のPBM企業はすべて医療保険会社と統合した状態となる。
米国医療保険のシグナがPBM(薬剤給付管理)のエクスプレス・スクリプツを540億ドルで買収。
これは薬局・PBMのCVSが医療保険のエトナを買収したディールが意識されたか。https://t.co/3v5qRbYDcX
— 気になる企業調べる🐘 (@kininaruzou) March 8, 2018
エクスプレス・スクリプツ株価チャート
1986年設立のエクスプレス・スクリプツは米国とカナダで医薬品メーカーに対する価格交渉及び契約者の保険請求処理、薬の価格圧力にもつながる調剤保険適用の取捨選択を行い(推奨医薬品リストであるフォーミュラリーの作成)、メールオーダー(処方箋の郵送サービス)、スペシャルティ医薬品(高額かつ取り扱い難易度の高い特殊処方薬)の調達、薬剤給付プランのコンサルティングなどを行っている。
エクスプレス・スクリプツの推奨医薬品リストから除外されるリスクの高さ
エクスプレス・スクリプツはPBMの中でも製薬会社や薬局チェーンなどに対する圧力が交渉が白紙化されるまでチキンレースを続けるほど強い交渉にあたるため製薬企業や薬局チェーンから恐れられる存在である。
また、PBMとして最大手であるためその処方箋取り扱いボリュームを背景とした巨大なバイイングパワーでエクスプレス・スクリプツの推奨医薬品リスト(Formulary)からはずされないためにほとんどの製薬企業は医薬品の値引きに応じる。
製薬企業が価格交渉に応じない場合、代替する医薬品がある場合はPBMのフォーミュラリー(調剤保険適用の取捨選択)からはずされるリスクがあり、実際にはずされたことで大幅売上減となっている製品も多い。
ギリアド・サイエンシズの高額薬ソバルディがエクスプレス・スクリプツのフォーミュラリーからはずされ、代わりに似た薬効のアッヴィのヴィキラ・パックが採用された際にアッヴィから大幅割引を引き出すなど、実際に価格抑制(製薬会社の価格競争)の機能をエクスプレス・スクリプツははたしている。
エクスプレス・スクリプツの業績推移グラフ
買収によってスケールメリットを追求
PBMは製薬企業との価格交渉にあたって取り扱い処方箋数が多ければ多いほどスケールメリットによる粗利益率上昇が見込める。そのためエクスプレス・スクリプツは買収によって大きく成長してきた。
2009年に米医療保険大手ウェルポイントの薬剤給付管理部門を47億ドルで買収、そして2011年の291億ドルもの巨額買収であったメドコ・ヘルス・ソリューションズの買収は特に大きい買収であり、この買収がエクスプレス・スクリプツのPBMシェア1位を不動のものとした。エクスプレス・スクリプツとCVSとユナイテッドヘルスで大半のPBMシェアを占め、この3社でシェアを大きく動かす買収は独禁法からみて難しいからだ。
エクスプレス・スクリプツは、競合PBM(かつ米国最大規模の薬局チェーンである)CVSヘルスと2006年にPBMであるケアマークの買収に動くがCVSにケアマークが買収された。
ウォルグリーンズとの価格交渉チキンレースで見えてくるESRXの弱点
PBMとは極論でいえば中間業者であり、医薬品の処方箋をさばく調剤薬局チェーンからすると不透明な薬剤価格設定の仲介のPBMには不満がある。そのため特に価格交渉力を持たない小規模薬局勢が薬価設定情報の開示を求めて法改正の要求をしているほどだ。
全米最大規模のドラッグチェーンであるウォルグリーンズも同様で、エクスプレス・スクリプツがウォルグリーンズの調剤処方代が高額であると調剤の粗利を30%削減を求めたことに対し、処方代の価格交渉が折り合わずに双方ゆずらず契約に白紙期間が生じることになってしまった。ウォルグリーンズは中間業者であるPBMを排除し直接仕入れ・直接契約できる道を模索しており、企業との直接契約や、アライアンス・ブーツと合併し医薬品卸を取り込み、大手PBMに対しても交渉力のもてる道を歩んでいる。
中間業者をできるだけ排除する方向性はウォルマートも同様で、PBMを介さずに処方箋を取り扱える構造のテストをしている。
一方、薬局チェーンでありながらPBMを垂直統合し、コスト圧縮によるシナジーを手に入れる道を歩むCVSヘルスなどの競合もあり、同じPBMであっても、また別業態であっても医薬品を安価で仕入れ、取り扱うというプロセスに差異がある。
中間業者というものは一般的には「コスト」であるが、医薬品の高騰に対し、エクスプレス・スクリプツがプレイヤーとして存在感を発揮し続けることが規制面でも、また契約の信頼を勝ち取る面でも重要であり、それゆえギリアドとアッヴィの衝撃的な独占契約と排除などの荒業を取り入れる必然性がある。
エクスプレス・スクリプツの競合PBMと関連企業
CVSヘルス(CVS)
―CVS Health
―ESRXに次ぐPBMシェアであり、全米2強の薬局チェーンという垂直統合されたタイプの競合。
ユナイテッドヘルス・グループ(UNH)
―UnitedHealth Group Inc
―米医療保険最大手かつ三大PBM(PBMのカタマラン・コープを買収)
プライム・セラピューティクス
―Prime Therapeutics
―米国のPBM
ウォルグリーンズ・ブーツ・アライアンス(WBA)
―Walgreens Boots Alliance Inc
―世界最大の薬局チェーンであり、因縁の距離感である。
ライト・エイド(RAD)
―Rite Aid Corporation
―米国3位の薬局チェーンでCVSほどの規模ではないがPBMを垂直統合
みんなの投資分析とコメント
FDA(米食品医薬品局)は10/22日の発表資料で、「ヴィキラ・パック」「テクニヴィ」を服用している患者で肝疾患が悪化する兆しがないか医師は監視すべきだと警告した。(Bloomberg)
というニュースでABBVが暴落しましたが、このヴィキラ・パックを独占的に推奨医薬品リストにいれてギリアドのソバルディを排除してしまったエクスプレス・スクリプツにとっては寝耳に水となってしまいましたね。
あえて医師の選択肢を(保険適用で事実上)絞るという価格圧力の手法が裏目ってしまったわけですが、どうなるんでしょう。最近医薬品のニュースは悪いものばかりなのでヘルスケアセクターやPBMセクターは株価が重いですね。
ヴィキラ・パックの件はおそらくノイズ程度でおさまるでしょう。
ウォルグリーンズがライトエイドを買収承認された場合のRxの動向次第で、もしかしたらエクスプレス・スクリプツは買収対象になるかも?あるいはさらに巨大になったバイイングパワーを盾に契約チキンレース第二弾があるかもしれない。